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米Exhibitor Relations社
ジャンル:ドラマ、ロマンス
キャスト:チャン・ツィイー、渡辺謙、ミシェル・ヨー、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴、コン・リー 他
監督:ロブ・マーシャル
脚本:ロビン・スウィコード 他
配給:ドリーム・ワークスSKG、ソニー・ピクチャーズ
全米公開:2005年12月9日/日本公開:2005年12月10日
上映時間:146分
MPAAレイティング:PG-13
貧しさゆえに9歳で芸者の置屋に売られた少女、千代(大後)。姉と引き離された千代は奴隷のようにこき使われ、彼女に敵対心を抱く芸者、初桃(コン・リー)からは陰湿ないじめを受ける。そんな辛い日々の中、全ての希望を失いかけていた彼女に運命の出会いが訪れる。「こんな美しい日に、悲しい顔は似合わない」。――“会長”と呼ばれる一人の紳士(渡辺)が千代に優しく声をかけた。芸者になればもう一度会長さんに会える。そう信じて夢見る千代は、先輩芸者、豆葉(ミシェル・ヨー)のもとで一流の芸者へと育っていく。そして、花街一の芸者“さゆり(チャン・ツィイー)”として花開いた千代は会長と再会を果たすが。。。
―― 多額の予算が投じられたメロドラマ
―― 着物と扇子で繰り広けられる「デスパレートの妻たち」
『MEMOIRS OF A GEISHA』(邦題『SAYURI』)の公開日翌週、こんな見出しの記事が米国の新聞や情報各誌に掲載された。平均評価はB-。13誌中6誌がCと厳しい評価を付けている。本作は1997年に出版されたアーサー・ゴールデン著のベストセラー『Memoirs of a Geisha』をスティーヴン・スピルバーグによって制作され、日米同時に公開された。監督はアカデミー賞6部門に輝いた『シカゴ(2002)』のロブ・マーシャル。出演は『ヒーロー』のチャン・ツィイー、『グリーン・デスティニー』のミシェル・ヨー、『ラスト・サムライ(2003)』の渡辺謙、と旬の人たちが顔を連ねている。さらに予算も『シカゴ』の2倍の85ミリオン。ここまで好条件が揃った映画にもかかわらず、なぜ評価が低いのか?
各誌の不評点をまとめてみると、
1. 芸者の習慣やしきたりがほとんど描かれていないばかりか、乱れた衣装や歪曲された水揚げの風習など、芸者が女郎風に表現されている。
2. 出演者たちの英語が母国語でないためセリフに込める役者の心が弱く、演技に薄っぺらさを感じる。
3. 背景となる戦前・戦後の混乱する社会情勢の描写が中途半端で、時代背景がつかみにくい。
日本人だけではなく、意外にも米国人の日本文化を見る目も厳しかったようだ。マーシャル監督にとって2度目のアカデミー賞を意識したとでも言える豪華なキャスティングと映像には確かに目が奪われる。しかし、女性同士のいがみ合い、女将からの虐待、さゆりと会長との屈折した恋愛関係、と3拍子揃ったメロドラマのお決まりパターンが全面に押し出されているため、各人物像の演出が安っぽく、さらに肝心の芸者風俗の描写が乏しい。観客側はそんなハリウッド映画的な「見せる映画」ではなく、舞踏や三味線、茶道、華道など芸者になるための一連の修行や、戦前・戦後を生き延びる芸者の姿など「読ませる映画」を期待していたようだ。
とはいえ、裏を返せば『さゆり』のベストセラー化、本作の映画化への意気込み、観客たちの期待度から計るに、米国では日本文化的な作品が受け入れらつつあるとも解釈できる。ここ数年、米国での中国人監督や中国人俳優の活躍ぶり、『ヒーロー』や『グリーン・デスティニー』などの中国作品の絶賛ぶりから、東洋の文化が注目を集めているのは確かである。本作を機に米国で正しい日本文化が見直されるならば、日本の映画界にとってハリウッド進出のチャンスとなるだろう。日本映画特有の「読ませる映画」と日本文化を上手に融合させた作品が今後求められるのではないだろうか。
評論家の評価:B-
観客の評価:B
筆者の評価:B+
日本でのヒット性:B-
文:佐藤 香