団塊世代のキャリア
かっこいいドラえもん
2005年11月
菊入みゆき
「年取ったドラえもんみたいな風体の男がいたら、それが私ですから」
そんなメールを受け取り、待ち合わせの場所で、今井隆(56歳)と会った。漫画のキャラクターよりは、ずっと貫禄がある。が、人なつこく笑う顔は、確かに自己紹介に近い。
今井は半年前、住宅建設のベンチャー企業に転職し、経営戦略室長として働いている。
9回の転勤と会社更正法
大学卒業後、永大産業株式会社に入社し、営業畑を中心に30年勤めた。その間、転居を伴う異動を9回経験する。社内でもダントツに多かった。いったい、なぜ?
「上司に噛み付くからですよ。いや、僕は“意見具申”って言ってるんですけどね。それで、異動になっちゃう」
大きな目をぎょろりとさせて、笑う。
異動先はたいていの場合、難問を抱えていた。曰く、大手の取引先が潰れたばかり、倉庫には在庫の山、ベテラン社員が突然退職して引継ぎがない。これでもかと、トラブルが待ち受けていた。
「異動の内示のときには、『君ならできる』『君しかいない』ってみんな言うんですよ」
今井は、その難問を一つ一つ解決していく。在庫の山は、ロジスティック戦略をたてて削減、適正化し、売上に対する物流費比率を半分近くにまで低下させた。全国から役員、部長クラスが見学に来た。
しかし、最大の難問は、29歳のときにやってきた。一部上場で銀行管理会社だった永大産業が、突然、会社更正法を申請したのだ。寝耳に水とはこのことだった。
倒産したんだから、これで白紙だ
「いやあ、でもねえ、自分では挫折感なんて感じたことがないです。ま、逆境を越えていくのが、カッコいいと思っているんでしょうね」
会社が倒産したとき、今井は茨城出張所の所長だった。10名の所員は皆若く、今井以外の全員が独身だった。とにかく自分がしっかりして、所員の動揺を抑えなければ。同期入社の社員たちが次々と辞めていく中で、努めて明るくふるまい、楽しい職場作りを目指した。
実は、安心材料もあった。更正法申請の5日後、給料が遅配なく支給されたのだ。サラリーマンは、給料が出てこそ働ける。また、同じ事業管内に所長は5人いたが、そのうち4人は昭和44年入社、自分だけが3年後輩だった。
「よし。倒産したんだから、すべて白紙だ。同じスタートラインに立ったんだ」
と意欲が湧いた。もとより営業は、今井の得意分野である。精力的な仕事ぶりは、すぐに結果になって現れた。販売子会社のルートがないという立地も幸いし、茨城出張所は急速に業績を伸ばしていく。今井は評価され、昇格した。
44歳のとき、会社は更正終結を発表する。その立ち直りに貢献した一人として、今井はいくつかのマスコミの取材を受けた。赴任した部署の売上を全国トップに押し上げるなど、いわば黄金時代だった。
妙な雲行き、そして決別
しかし、50歳を目前にする頃、社内に妙な雲行きを感じ始める。営業部長になったのに、他のプロジェクトを主催させられ、まともに仕事をさせてもらえない。僅か2年後に、不採算事業部への不本意な異動。裏の動きを感じた。
ある役員がかわいがっている社員が、自分の2年後輩にいた。彼を取り立てようという思惑が、社内に強く働いている。結局自分は、この後輩に追い抜かれるのだ。社長にはなれない。サラリーマンが社長を目指さなくなったら、おしまいだ。
タイミングを合わせるように、取引先であるS社から、来ないかと打診を受けた。53歳の秋、今井は30年勤めた会社と決別する。
安泰、そして暗転
S社に営業部長として入社し、翌年には取締役に就任する。これで俺も安泰かな、と思った。オーナーは、10年はがんばってやってくれと言っている。常務にはしてもらえるかなと、胸算用をはじいた。
だがここで、またも逆境が襲ってくる。S社が、大手商社からのTOBを受け入れたのだ。今井を招いてくれたS社のオーナーは、すべての持ち株を売却した。10年は、という保障も消えて無くなった。
「カッコつけて、平静を装ってましたけどね。忸怩たるものがありました。自分の性格の、ほんとにいやな部分を見ました」
翌年の役員候補に残れるかどうか。買ったばかりのマンションのローンは、まだたっぷり残っている。この年で次の就職先など、そうそうあるものじゃない。
ある日、社内のうわさを耳にした。
「今井さんの名前、来年の経営陣の名簿になかったよ」
新築のマンションを、心から喜んでいる妻の顔が胸をよぎる。自殺という文字が頭にちらついた。保険金が入れば、マンションは手放さずに済む。悩み、監査役だった人に、冗談めかして気持ちを打ち明けた。
「そんなことして、奥さんが喜ぶと思うのかい。いざとなれば、売ればいいんだよ」
今井に、開き直る覚悟ができた。そうか、いざとなれば売っちゃえばいいんだ。
弱いから、強い
知人から、今の会社を紹介された。2回目の面談で、社長はあっさりと言った。
「じゃあ、給料は今の金額をそのままスライドさせるってことでいいですか?」
今井は、2度目の転職に成功し、今の仕事を楽しんでいる。
永大産業で自分を冷遇した役員や、あっさりと持ち株を売ってしまったS社オーナーのことは、正直に言えば、このやろう、と思う。だが、恨んでもしょうがないさと、自分に対してカッコつける自分がいる。なんでもない、そんなこと、といきがる。ほんとうは、弱い人間なんだと思う。だからこそ、カッコつけることが、モチベーションを支えてきた。逆境を逆境と思わず、乗り越える強さを保つことができた。
S社でのことも、「これで安泰だ」と、いつものツッパリをなくしたことが原因だと、今は思う。
逆境をモチベーションの糧にする
今井のように、逆境の中でモチベーションをあげていくタイプの人たちがいる。彼らの特徴は、その強い役割意識にある。君ならできると在庫過多の部署を任されたのだから、営業所の所長なのだから、独身の若い所員を守る役割なのだから、・・・。彼らは、自分が置かれた状況を見極め、その中で何をすべきかを判断し、期待された役割を期待以上にまっとうする。それがモチベーションの源泉になるのだ。しかし、その影で、自分の思いを抑えすぎたり、自身への負荷がかかりすぎたりすることもある。
今井のカッコよさに対するこだわりは、彼独特の役割意識の表現であろう。それがあるから、やってこられた。しかし、役割意識と自身の人生との板ばさみで、過重な負荷を背負うときもあった。そんなとき、このタイプの人たちを救うのは、相談できる仲間や守るべき家族だ。今井も、監査役のひとことで開き直ることができ、人脈が転職の情報をもたらした。
彼らの救いはもうひとつある。趣味の世界である。
花棒担ぎとネクタイ
今井はプライベートで、おみこし担ぎの同好会の会長を務める。創立35年の伝統ある会である。みこしの先頭で花棒を担ぐのが、一番のストレス発散だ。浅草の路地を練り歩くと、「やっぱり花棒担ぎの人は、かっこういいわね」という声が聞こえてくる。一人、悦に入る。
「祭りっていうのは、男の任侠の世界でね。きついなと思いながらも、カッコつけるんですよ」
インタビューの最後に、自分のネクタイを指し示した。よく見ると、全体にドラえもんの透かしが入っている。先端には、大きなドラえもんの顔の刺繍。驚いて笑い出す私に、
「営業マンは、おもしろくないとね」
といたずらっぽい表情を見せた。
こんな遊び心も、今井のキャリア形成の中で意味を持っているに違いない。ネクタイでウインクするドラえもんは、ちょっとカッコよかった。
筆者:菊入みゆき
静岡市出身。東京外国語大学スペイン語学科卒業後、株式会社パルコにて直営店の企画・運営に8年間携わる。
1993年より一貫して、ワークモチベーション(仕事意欲)研究、調査、コンサルティングを続ける。開発した商品は、「やる気」分析システムMSQ(1996)、インターネットを使った相談室「管理職対象 仕事のやる気 コーチングルーム」(2000)、
個人向け「やる気」診断サービス (2002)等。プレジデント誌などビジネス誌への出稿多数。主な著書は、「やる気を生みだす 気づきの法則」三笠書房、「やる気が出ないとき読む本」東洋経済新報社など。
産業・組織心理学会会員、日本産業カウンセリング学会会員。
株式会社JTBモチベーションズ所属 モチベーション・コンサルタント。
