ufp > Features > 団塊世代のキャリア

団塊世代のキャリア

自由な技術者

2005年9月

菊入みゆき

沢井忠志(仮名、57歳)は、オフィス機器メーカーに勤める。新卒で入社し、今年で35年になる。

「長いこと生産技術の研究をやっていたんだ。その分野でひとかどになろうと思っていたんだけどね。途中で道を曲げられちゃってさ」

笑うときのいたずらっぽい目が、少年の面影を垣間見せる。

技術を取り戻す

「ひとかど」になろうとした生産技術部門には、30代半ばまでいた。会社はその頃、自社の技術を次々とアウトソーシングし、メーカーとして空洞化が進んでいた。新技術を安易に外部から買ったりするうちに、技術力は弱まり、飛躍した商品を作れなくなった。危機感を抱いた沢井は、企業体質を変えるための事業再構築の答申案を作成する。生産技術の内製化、試作工場の社内保持などが盛り込まれた答申案は、大雪の日、徹夜で最後の仕上げをした。完成した書類をそのまま、上司が経営会議に持ち込んだ。この答申案の内容が、現在のいくつかの主力商品開発につながっている。

どうすれば技術者は元気になるか

転機は、36歳のときに訪れた。新しく創設された技術人事課に異動になったのだ。沢井が、別の答申案で創設を提案した部門だった。図らずも、自らの提案によって、打ち込んできた生産技術のキャリアが中断された。

いやいや始めた人事の仕事は、しかし、次第におもしろいと思えるようになっていった。

「自分が、技術者だったときのことを考えて、施策を作ればいいんだ」

どうすれば技術者が活き活きするか。ひとつは、自由度を高めることだ。フレックスタイムを他社に先駆け導入する。技術者は夜が遅く、家族との時間を持てない。でも、いい仕事をするためには、家族に、「お父さん、こんな仕事やっているんだ」と思ってもらうことが大事だ。オープン・ラボと称し、研究所に家族を招き、実験を体験したり、ゲームをしたりする日を設けた。

最新情報を求めて

沢井は、社外に積極的に出て行った。とにかく、人事や人材開発に関する最新情報が欲しかったのだ。その分野の講演を聴き、いいと思えば、後日連絡を取って会いに行き、教えを請うた。キャリア開発やMBO(目標管理)という概念と出会ったのも、その頃だ。

「すごく新しい考え方だ、と思ってね」

その道の第一人者たちと交流を持ち始め、仕組みを自社にも導入した。様々な勉強会に出るうちに、他社の人材開発担当者たちと知り合いになる。そんな仲間と集まり、勉強会を重ねた。交流で得られる知識と刺激は、直接、間接に自社の取り組みに活かしていった。

技術人事課に配属になって3年後、今度は、全社の人材開発を任される。バブルの時期で、人の流動化が激しかった。入社4、5年で、3~4割が辞める。会社に魅力がないのか? 沢井は、企業風土の改革に興味を持つようになる。風土改革を専門とするコンサルタントと出会い、彼らを通じて、社外人脈はさらに広がった。
数年後、品質管理部門に異動になる。そのとき、「10年間やってきた“人材開発”は、手放さないぞ」と思うほど、この分野は沢井の中で重要なものになっていた。品質管理の仕事の中に、社員満足というテーマを盛り込み、人材開発との接点を持ち続けた。

本業を超えて

今、沢井は、忙しい本業のかたわら、人材開発と品質管理に関する講師などの資格をいくつか持ち、大学教授らとの連携を保ち、学会での実績を積んでいる。他社、異業種の人脈はさらに広がり、且つ深まり、常に複数の研究プロジェクトが走っている。

「いやあ、もう本業は卒業しようかな、と思っているんだけどね。大学院できちんと勉強もしたいし。もっと地域や社会にも貢献したいしね」

少年のような目が、また笑う。楽しそうだ。沢井には、定年までの数年をスキップしてもいいと思えるほどの、会社以外の基盤がある。社内だけでなく社外でも、確実に積み重ねたものがあることが、沢井に自由と活力を与え、勉強したい、貢献したいという希望を持たせている。

「僕は、管理者の立場ではないから。スタッフとしての仕事が長かったからね。自由に動けたんだよ」
ほんの少し、困ったような、申し訳ないような表情が混じる。

居場所と専門性

組織の中で役職への階段を登っていくことは、企業人たちの長期的なモチベーションアップに、一役買っている。昇進は、一種のインセンティブなのだ。会社をひとつの“閉じた生態系”としてとらえ、その中での上昇をよしとする世界観が、そこにはある。

しかし、沢井の場合は違う。沢井は,与えられた仕事をよりよいものに仕上げようとし、その結果、組織の壁を踏み越える。仕事を基点にして様々な人脈を作り、社外に飛び出し、そこで得たものを社内に還元する。社外にも自分の居場所ができ、そこでも実績を積む。それは、脳のシナプシスが伸び、有機的につながる様子に似ている。沢井にとって、組織は閉じたものではなく、“開かれた場”なのだ。

沢井は、この場を使って、独自の専門性も獲得している。人材開発や品質管理に関する知識と経験を蓄え、公的な資格を持つ。それらが社外でも通用することは、すでに実証済みだ。

複数の居場所と社外で通用する専門性。定年を迎えるにあたって、心強い要素に違いない。

閉じた生態系から開かれた場へ

閉じた生態系から飛び出すのは、たいへんなことだ。しかし、そこがもともと開かれた場なのだととらえ直すと、違うものが見えてくる。

自分の仕事に関する最新情報を持ち、それを活用しているのか。それは、どこで手に入るのか。今の仕事をよりよくするために、まだできることがあるのではないか。今まで試していない新しい考え方や方法は、ないのか。どこで教えてもらえるのか。沢井の場合も、そんな素朴で、しかし真摯な疑問からスタートし、社内にも社外にも羽ばたいていった。

ひとつの組織に長くいても、外の風に耐える力を身につけることは、できるのだ。今、目の前にある仕事に、深く入り込む。すると、実はその仕事の中に、別の広い世界に通じる扉がある。

筆者:菊入みゆき
静岡市出身。東京外国語大学スペイン語学科卒業後、株式会社パルコにて直営店の企画・運営に8年間携わる。
1993年より一貫して、ワークモチベーション(仕事意欲)研究、調査、コンサルティングを続ける。開発した商品は、「やる気」分析システムMSQ(1996)、インターネットを使った相談室「管理職対象 仕事のやる気 コーチングルーム」(2000)、 個人向け「やる気」診断サービス (2002)等。プレジデント誌などビジネス誌への出稿多数。主な著書は、「やる気を生みだす 気づきの法則」三笠書房、「やる気が出ないとき読む本」東洋経済新報社など。
産業・組織心理学会会員、日本産業カウンセリング学会会員。
株式会社JTBモチベーションズ所属 モチベーション・コンサルタント。