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団塊世代のキャリア

さびしがり屋の人事部長

2005年7月

菊入みゆき

伊田恵介(仮名、55歳)は、印刷会社の人事部長を務める。これまでに、2度転職した。今の会社も含め、いずれも一部上場企業である。

「自信満々だった頃もあるけどね。今は、自分の限界がわかってきたよ。例えば、数千万円でヘッドハンティングされる、なんてことはありえないよね」

人なつっこい笑みを絶やさず、穏やかに語る。

のらりくらりと

バブル最盛期までは、華々しい仕事も多かったが、その後いくつかの試練が続いた。

建設会社の人事部で、前任者がある政党員をクビにしたことに始まる10年裁判を担当する。何十人もの党員が職場に押し寄せ、詰め寄ってくる。伊田は、それをのらりくらりとかわした。「相手も立ててあげる」「真っ向から対立しない」のが、伊田のやり方だ。

「そんなことをしているうちに相手の大将と仲良くなってね。話せばいい人なのよ。それで、なんだかね、徐々に解決しちゃった」

きちんと頭を下げて

伊田が40代に入った頃、会社が一千億円の赤字を発表した。総売上高の3割近い額。たいへんなことだ。伊田は経営企画室長として、社の再建計画を作成し、子会社40社中19社を閉鎖させた。「申し訳ありません。閉鎖することになりました」と、頭を下げながらの子会社行脚。そんな中で、「誠実に話をすれば、相手もわかってくれる」という実感を得る。子会社の社長から、「本社の人で、きちんと謝ってくれたのは伊田さんだけ」と言われた。

失意の社員と

その後、職場を失った社員の再就職支援をする子会社を作り、自ら転籍を申し出る。年収は3分の2に。それでも、自分が作った再建計画なのだから、その後処理も自分がやるべきだと思った。二年間、失意の中にある社員と心を通わせ、400人の再就職を決めた。

「この仕事が一番よかったね。ほんとうに喜んでもらえた」

その後、自身も退社する。激動の会社員生活を、「しんどいけど、おもしろかった」とふりかえる。

さびしがり屋

「僕ね、さびしがり屋なんです。だから、仕事でもプライベートでも親しい人間関係がないとだめね」
少し生真面目な表情になる。伊田には、飲みに行ったり相談を持ちかけ合う友人が、男女を問わず多い。この潤いが、時に過酷だった毎日を支えた。

アサーション:I’m OK. You’re OK.

伊田は、困難な仕事の中にも、いつも人とふれあう喜びを見つける。その積み重ねが、「おもしろかった」という自分のキャリアへの肯定感につながっている。根底にあるのは、優れたコミュニケーション・スキルだ。それは、伊田が難易度の高い仕事をこなし、大企業に転職できる理由のひとつでもある。

コミュニケーション研究の中に、アサーションという考え方がある。“適切な自己表現”を提唱するものだ。相手を尊重しながら、自分の思いや意見を表現する。I’m OK.であると同時に、You’re OK.な状態を目指す。

伊田が、相手を立てながら、しかも誠実に言うべきことを言っている様子は、まさにアサーションである。このようなコミュニケーションは、相手の共感を呼び、仕事の進みを円滑にする。発信し、フィードバックを受けることで、自身の能力開発を促進する。

アサーティブでいるためには、まずは、自分の思いや気持ちを知り、受け入れる必要がある。否定したり目を背けたりしない。そして、他者への配慮、思いやりが必要だ。その上で、自分の思いを伝える。

むずかしい割り振り

伊田は、さびしがり屋の自分を受け入れ、自分の限界を率直に認める。法廷で争う相手、閉鎖する子会社の社員、職場を失う社員の思いに寄り添い、自らその中に入っていく。その上で、言うべきことを言う。

しかし、自分と相手との重心の割り振りは、思いのほかむずかしいものだ。一生懸命自分の思いを伝えようとすると、I’m OK.ばかりで、相手はまったくOKでなかったり、相手のことばかり考えていると、I’m not OK. You’re OK. で、ストレスがたまり、結局爆発してしまったり。

「おもしろかった」と言えるのは

その割合に、いつも黄金率が見つかるとは限らないが、伊田の「真っ向から対立しない」というコメントは参考になる。そもそも敵と味方ではない。両方を立てる第3の道があるのだ。

I’m OK. You’re OK. まずは、今の自分がどちらに傾いているかを考えてみたい。

どんな状況であれ、他者との交流は、その人のキャリアを発達させ、人生を生き生きとしたものにする。「自分にも相手にも、いいコミュニケーション」は、団塊世代が10年後、20年後に過去をふりかえるとき、「おもしろかった」と言うための、キーのひとつだ。

筆者:菊入みゆき
静岡市出身。東京外国語大学スペイン語学科卒業後、株式会社パルコにて直営店の企画・運営に8年間携わる。
1993年より一貫して、ワークモチベーション(仕事意欲)研究、調査、コンサルティングを続ける。開発した商品は、「やる気」分析システムMSQ(1996)、インターネットを使った相談室「管理職対象 仕事のやる気 コーチングルーム」(2000)、 個人向け「やる気」診断サービス (2002)等。プレジデント誌などビジネス誌への出稿多数。主な著書は、「やる気を生みだす 気づきの法則」三笠書房、「やる気が出ないとき読む本」東洋経済新報社など。
産業・組織心理学会会員、日本産業カウンセリング学会会員。
株式会社JTBモチベーションズ所属 モチベーション・コンサルタント。