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団塊世代のキャリア

デザインを科学する

2005年6月

菊入みゆき

成田秀雄(仮名、57歳)は、2ヶ月前、老舗のテキスタイルメーカーN社を自主退社した。早期退職制を利用したのだ。

「ずっと会社がきらいだったからね。実際、30年もよく勤めたよ」

さばさばしたとも未練があるともつかない表情。無造作にはおる凝った織りのシャツが、彼がいた業界を伝えている。

成田は、美術大学のテキスタイルデザイン課を卒業し、N社に入った。専門性が活かせる商品企画課に配属される。

30代、体調の異変

同族経営のN社には、独特の濃密な人間関係があり、それは、ある種の社員たちにストレスを与えてもいた。もともと集団の中にいることに違和感を覚える成田には、特に負荷がかかった。

30代後半、うつ病を病む。人間の体は正直だ、と思った。自分で余裕を作らなくては。時間の、空間の、精神の。ほんとうに好きなことは何かを、考えなくては。

人生観が変わった。

40代、好調期

病後、仕事量を抑えていた数年を過ぎ、成田は、そのキャリアの中で最も活動量の多い時期に入っていく。40代半ばには、60人を超す部下を束ね、多岐に渡る担当業務を管理した。デザインという感性の仕事に、理論的手法を持ち込む。アートへの造詣と全体を見る視点、両者のバランスを取りながらプロジェクトを組み立てていくのは、楽しかった。20代の頃からやりたかったことだ。会社という集団に違和感はあっても、仕事自体はおもしろい。まちがいなく好調期だった。

50代、決断

しかし、時代は移る。N社のオーナーは息子に代を譲り、新しい経営手法が採用された。若い世代に重きを置く方針のもとで、成田は、自分たちの年代が社の重荷になっていると感じ始める。

55歳。20数年間在籍した商品企画部から、営業部に異動になった。前オーナーは、専門外の部門に異動する成田に、気まずそうな顔を見せた。

新しい職場で、成田は成田なりに考え、販売計画をたてて会社に提案した。こだわっていたデザインと理論との融合は、ここでもできるはずだと思った。しかし、提案は受け入れられず、予算はつかなかった。成田の意欲は空回りする。たぶん会社は、「もういいから、早くどっかに行ってくれ」と言っているのだ。

こんな状態で1年以上が過ぎ、これは体によくない、と感じた。見切りをつけよう、と。次の仕事のことまで考えられないまま、早期退職制を利用する決断をした。

「辞めるって言ったら、同年代の社員は、辞められていいなって言うんだ。勤めていてもハッピーじゃないんだ。なんかこう、かきたてられるような感じがさ、ないんだよ」

内から湧き上がるもの

成田の言う、“かきたてられるような感じ”は、モチベーションの“内発的動機付け”という種類に通じる。内から湧き上がる意欲といわれ、「仕事自体が楽しいから、やりたい」という気持ちだ。相対する外発的動機付けは、「報酬がもらえるから」などの仕事とは別のことがらに刺激を受けて起こる意欲である。

成田は、30代で体調を崩したときから、内発的動機付けを意識するようになった。ほんとうに好きなことはなにか。40代では、それを現実のものにした。

成田にとって仕事は、内からの喜びにかきたてられてやるものなのだ。50代で、この喜びを見失った。こだわっていた感性と理論の融合は、会社の変化の中に潰えた。

6:4の割合で

「これからは、好きなこと6割、ビジネス4割。10年で一人前だと思っているから、自分にはあと2スパンしかない。いろいろやりたいんだ。絵を再開してコンテストに応募しているし。教えるのが好きだから、大学か専門学校で教えたい」

内発と外発のバランスを6:4でとり、少しずつ現実の歩を進めてもいる。

「芸能全般に興味があるからね。ミュージシャンなんていいね」

冗談とも本気ともつかない。この、あいまいな中からふと顔を覗かせる自由の気風が、成田の持ち味だ。たぶん、内から湧き出るものの根源のひとつなのだ。

‘内から’と‘外から’の最適バランス

内発と外発。二つの意欲をどのような割合で持てばいいのか。生活のために、家庭のために、と外発的な動機を強く持つ時期もあるだろう。若い時期には、好きな仕事をしたいという内発的な動機が、キャリアを決めていくこともある。成田のように50代後半での転機が、内発的な意欲に影響されることもある。

転機を乗り切る、内発と外発のバランスは、その人によって、また時期によって異なる。大きな転機の中にある団塊の世代。それぞれの最適バランスを探したい。

筆者:菊入みゆき
静岡市出身。東京外国語大学スペイン語学科卒業後、株式会社パルコにて直営店の企画・運営に8年間携わる。
1993年より一貫して、ワークモチベーション(仕事意欲)研究、調査、コンサルティングを続ける。開発した商品は、「やる気」分析システムMSQ(1996)、インターネットを使った相談室「管理職対象 仕事のやる気 コーチングルーム」(2000)、 個人向け「やる気」診断サービス (2002)等。プレジデント誌などビジネス誌への出稿多数。主な著書は、「やる気を生みだす 気づきの法則」三笠書房、「やる気が出ないとき読む本」東洋経済新報社など。
産業・組織心理学会会員、日本産業カウンセリング学会会員。
株式会社JTBモチベーションズ所属 モチベーション・コンサルタント。