団塊世代のキャリア
最後の組合闘士
2005年5月
菊入みゆき
「総務課長っていってもさ、全部で10人くらいの会社なんだから。いわば雑用よ」
浜崎俊男(仮名、57歳)は屈託なく笑う。
35年前に地方の公立大学を卒業し、大手の食品メーカーに就職した。現在は、子会社に転籍になり、総務課長の役にある。
浜崎は大学時代から、労働者の権利や搾取の問題に関心を持っていた。入社以来20数年、労働組合の活動に携わり、昇進とは無縁な生活を送った。同年代の仲間が次々と組合を辞め、管理職になる中、浜崎は活動を続けたのだ。なぜ?
「惰性かな、最後は」
やや頓狂な印象を与える目を見開いて言う。感情は読み取れない。かつての組合闘士の面影も見つけられない。
昇進か、組合活動か
45歳のときに、岐路があった。
「もう、そろそろ組合もいいだろ? 本社の課長のポストがひとつあるんだ」
人事部からの打診に、了解の意思表示をした。自分の中にも確かに、もういいかな、という思いがあった。
―今だったら、取り戻せるかもしれない。昇進の遅れを。
どこに隠れていたのか、わずかな出世欲が顔を出した。
しかし、正式な辞令で指示されたのは、ごく小さな営業所の課長職だった。話が違う。しかも、部下を持たない、担当課長。人事部とのやりとりは、こじれた。いくつかの不愉快な経緯を経て、翌年、現在所属する子会社に出向になった。本社で課長になる話は、思わぬほうに転んでいった。
よかったよ
「もともと、仕事に全力投球するのは、バカだと思ってるから。僕はマージャンとゴルフが好きで、よくやるんだけど、いつもドタキャンで来れないのは、偉くなってるヤツ。だから、僕はよかったと思う」
組合闘士は、趣味を満喫してもいた。
「ただね、ほら、偉くならないでいるとさ、同僚って若い人ばっかりになるから、誘ってもらえない。会社帰りに飲んで上司の悪口っていう、サラリーマンの醍醐味がね、なくなっちゃう。つまらないね」
サラリーマンの醍醐味のあり方にも、その人の価値観が現れる。組合活動、趣味、会社帰りの一杯。浜崎の軸足は、常に仕事以外のところに置かれている。
人生の錨、キャリア・アンカー
エドガー・シャイン博士は、人が進む道を決める指針として、8つのキャリア・アンカーを提唱した。浜崎のキャリアには、「ライフ・スタイル」のアンカーが強く影響している。「自分の趣味や私生活を大事にする」という錨(アンカー)が、浜崎をここまで導いてきた。逆に、昇進し部下を管理したいという「経営・管理志向」や、高い目標を達成したいという「チャレンジ・競争志向」などのアンカーは、ほとんど影響を及ぼしていない。
岐路では多少の揺れがあったものの、浜崎の価値観、アンカー、実際の行動には一貫性がある。そのためか、自分のキャリアへの納得度、満足度が高い。
アンカーの復活
「定年後は、今までの総務経験とか資格とかを活かして、なにか人の役に立ちたいなあ」
このコメントには、「他者・社会への貢献志向」のアンカーが見え隠れする。もしかすると、これが浜崎の、定年後の指針になるのかもしれない。そういえば、組合活動も組合員や社会への貢献の側面を持つ。浜崎の組合闘士としての気概は、こんなところに息づき、出番を待っていた。
定年という大きな岐路では、キャリア・アンカーが変化することも十分ありえる。浜崎にも、もちろん他の団塊世代の人々にも、新たなアンカーや復活したアンカーで、新しいキャリアを築いていくという、大いなる可能性がある。ライフ・スタイル重視派がボランティアに傾倒する、バリバリの強面管理職が職人のようなことをやってみる。これまでとまったく違う錨を頼りに、「えっ、あの人が」と言われるようなことをやってみるのも、人生という船旅の面白さを味わうひとつの方法に違いない。
筆者:菊入みゆき
静岡市出身。東京外国語大学スペイン語学科卒業後、株式会社パルコにて直営店の企画・運営に8年間携わる。
1993年より一貫して、ワークモチベーション(仕事意欲)研究、調査、コンサルティングを続ける。開発した商品は、「やる気」分析システムMSQ(1996)、インターネットを使った相談室「管理職対象 仕事のやる気 コーチングルーム」(2000)、
個人向け「やる気」診断サービス (2002)等。プレジデント誌などビジネス誌への出稿多数。主な著書は、「やる気を生みだす 気づきの法則」三笠書房、「やる気が出ないとき読む本」東洋経済新報社など。
産業・組織心理学会会員、日本産業カウンセリング学会会員。
株式会社JTBモチベーションズ所属 モチベーション・コンサルタント。
