さかぐちとおるの世界B級都市紀行
ブルメナウ(ブラジル)
〜ゲルマン系が多い南部の小さなドイツ人街〜
さかぐちとおる
ブラジルにドイツ人街と聞いて、イメージが湧かない人がいるかもしれない。しかし比較的涼しいブラジル南部の州には、19〜20世紀にイタリア人やドイツ人の移民が築いた入植地が点在する。サンタ・カタリーナ州の小都市ブルメナウは、ブラジルで最もドイツ色が強い街として知られる。ドイツ風の建物が並び、街行く人の顔立ちはゲルマン系の人が多い。
ファッハヴェルク様式の建物群
![]() 街で見かける人たちはヨーロッパ系ばかり |
私はホテルに到着してフロントで「グーテン・ターク:Guten tag!(こんにちは)」と挨拶すると、相手も「グーテン・ターク」と反応しつつ、苦笑いしながらポルトガル語で「ドイツ語は挨拶程度しか話せないけれどね」と言う。私が泊まったこのホテル・ヘルマンは、建物の造りがドイツ風だ。
この街は1850年、ドイツ出身のヘルマン・ブルメナウと十数人の入植者によって築かれた。その後も19世紀後半までにドイツからの移民が入植し続ける。街行く人の顔立ちは金髪碧眼のゲルマン系の人が多く、彼らの大半は入植者の子孫である。この都市はブラジルというよりも、ヨーロッパの地方都市にいるような感じがする。
ところで、よく知られたドイツ系ブラジル人に、世界的なモデルのジゼル・ブンチェンがいる。ハリウッド俳優レオナルド・ディカプリオの元恋人で、女優としても活動している。ジゼルは隣りの州であるリオ・グランヂ・ド・スル州の出身だ。
さて、ブルメナウ市街にはファッハヴェルク様式の建物も見られる。ドイツの伝統建築であり、木枠の間をローム土などで埋めたこの様式は、現地ポルトガル語ではエンシャイメルと呼ばれる。19世紀に建てられたものも残ってはいるが、昔の街並みを再現させようと、近年に造られた建物が大半だ。
市街の目抜き通りに建つ商店や銀行、そして市役所までファッハヴェルク様式。この様式で造られた建物は税金が軽減されると言う。ブルメナウの人たちのルーツを表現しているとともに、観光促進のねらいも込められているようだ。しかしこの様式の建物も、周囲のビルに埋もれていて、街全体の統一感がないという印象がぬぐえない。
ブルメナウに現存する家屋としては最古の建物である、ファミリア・コロニアル博物館を見学する。1864年に建てられた街の創始者ヘルマン・ブルメナウの住居で、内部には家財道具や食器などが展示されている。
博物館で働くマリアーナという金髪の若い美女が、その歴史をていねいに解説してくれた。この彼女もドイツ系かなと思って尋ねてみると、「私の祖先はイタリア人。この街はドイツ系が一番多いけれど、次いでイタリア系が多いの。最近は両者の混血も増えているのよ。ここはブラジルだからね」と言う。
ブラジル最大のビール祭り
![]() 祭りの特設会場として使用されるドイツ村 |
ブルメナウでは毎年10月に、ビール祭りのオクトーバーフェストが開催される。国内外から大勢の観光客がやって来るブラジル有数の祭りで、ドイツの伝統衣装を身に着けた人がパレードして、ドイツ起源の音楽やフォークダンスも上演される。
中心街からバスで15分ほどの所に、祭りの特設会場にもなる“ドイツ村”がある。私もそこに行ってみたが、祭り期間ではなく平日だったこともあって、観光客がまばらにいる程度だった。やはりここにも、ファッハヴェルク様式の建物が並び、レストランや土産物店として使用されている。しかしある店員は、「この建築様式は、雪が落ちるように尖った屋根にしてあるんだろう。でもドイツと違って、ここは雪が降らないよ」と笑いながら皮肉っぽく言う。
オクトーバーフェストは毎年10月、およそ3週間かけて行われ、ブラジル国内のみならず、アルゼンチンやウルグアイなど近隣国からも観光客が押し寄せる。期間中に訪れる観光客は、延べ100万人近くになるそうだ。
この祭りの歴史は、まだ20年ほどとそれほど古くない。1984年にブルメナウが洪水に遭い、復旧後の発展と住民の絆を深めるために祭りを企画する。この街に多いドイツ系住民の故国にあやかり、ミュンヘンのオクトーバーフェストを模倣した祭りを開催する。
初年は地元や近隣の村から10万人が集まり、その後は観光客がどんどん増えていく。そして現在では、ブラジル最大のビール祭りにまで発展。期間中はドイツの民俗舞踊を披露しながら、数千人規模のパレードが行われる。ラテン気質の祭り好きなブラジル人らしく、カーニバルのような賑わいになるそうだ。


