2006年04月05日

容疑者4千人放免かーカトリーナの思わぬ余波

岩下慶一

容疑者4千人放免かーカトリーナの思わぬ余波
(AERA 3月27日号から転載)

ハリケーンに破壊され、いまだに復興のめどが立たないニューオリンズの司法システム。このままでは約4000人の犯罪者が放免される。日本人旅行者の殺害犯釈放の可能性も出てきた。

豪華絢爛たる山車が次々と通りすぎるたび、沿道を埋め尽くした人々から歓声があがる。昨年8月にハリケーン・カトリーナによって水没したバーボン・ストリートは、色とりどりの衣装を身に付けたダンサーと見物人で埋め尽くされた。ストリートミュージシャンたちはここぞとばかりにノリの良い演奏を披露し、街をあげてのドンチャン騒ぎを盛り上げる。先月末、米国南部最大の祭りであるマルディグラに沸き返ったニューオリンズ。しかし、中心部を少し離れれば、そこここにハリケーンの残した爪あとが残っている。あちこちに見られる半壊した家屋、いまだに避難生活を続ける被災者。かつて50万人だった人口は20万人に満たない。そして今、インフラ部分での更に深刻な影響が浮上してきた。司法システムが破壊されて審理が行えないため、拘留中の容疑者約4000人を釈放する可能性が出てきたのだ。

足りない国選弁護人
低所得層の多いニューオリンズでは、毎年約1万二千人の逮捕者のうち90%が国選弁護人を指定する。国選弁護人を統括するニューオリンズの公共弁護人事務所は、ハリケーンの影響で予算の殆どを失った。かつて42人いた国選弁護人のうち36人が解雇され、残っているのは6人。現在拘引中の被疑者約4000人をこの人数でさばかなければならない。弁護士一人当たりの担当件数は700~800人にのぼる。6人のうちの一人の弁護士は「容疑者全員に接見するだけでも一年かかる計算」とこぼす。
 拘引者の中には、本来なら1日の裁判ですむ軽微な犯罪者や、明らかなアリバイがあるケースも多い。それでも審理が行われるまでの間、堀の中で過ごさねばならない。
人権団体の法律顧問を務めるバリー・ゲルハーツ氏は「彼らは確たる証拠もなしに、自分で弁護士が雇えないという理由だけで拘引されている」と指摘する。
これといった打開策がない以上、人道的な見地からも一時的な釈放はやむなしという声も上がり始めている。しかしそれは警察力が完全に回復していないニューオリンズにとってはかり知れない脅威となる。
更に最悪のシナリオも懸念されている。ルイジアナ州の法律では、容疑者逮捕から3年以内に審理を行う事を定めており、これが果たされないケースでは釈放も考えられる。2006年に3年間の期限が切れる容疑者の中には、3年前、ニューオリンズを旅行中の日本人女子大生を殺害したとされるティモシー・ヘンソン容疑者も含まれている。ヘンソンは女子大生殺害の事実を認めているが、精神錯乱を理由に無罪を主張している。CNNは番組中でヘンソンの事件を取り上げ、「この男を釈放してよいのか」と全米に問題提起した。

“我々はいまだに屋根の上にいる”
 深刻な事態を引き起こした原因は、ニューオリンズの特殊な財政システムにある。公共弁護人事務所は主に交通違反の罰金を財源としてきた。ハリケーン以後、道路を走る車の数は激減し、収入はゼロ近くに落ち込んでいる。改善の見通しはまったく立っていない。州議会は最後の手段として、連邦政府に公共弁護人事務所への援助を要請する議案を提出、全会一致で可決した。しかし、すでにあらゆる部分で政府の援助を受けている今、発案者であるリディア・ジャクソン州議員でさえ、連邦政府が法案を“買ってくれるかどうか疑わしい”と語る。 
 ニューオリンズ地方裁判所のカルビン・ジョンソン判事はテレビインタビューを通して、事態の重大性を全米に訴えた。
「釈放された犯罪者がニューオリンズにとどまっているわけがない。彼らは全米に散っていく。あなたの街にもやってくるでしょう」
ジョンソン判事はハリケーン直後、連邦政府の対応が遅れたために被害が広がった事を引き合いに出し、今度こそ迅速な対応をと懇願した。 
「大勢の被災者が屋根に上ってレスキュー隊を待ちわびていた。我々は今も、屋根の上で助けを待っているんです」
(岩下慶一 ユナイテッド・フィーチャー・プレス)

投稿者 岩下慶一 : 2006年04月05日 16:36 | [EDIT]

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