2005年11月07日
食うべきか食わざるべきか ~ユダヤ教の食事規定~
福地波宇郎
ユダヤ教の食事規定
イスラエルにもこの10年ほどでファーストフード店が軒並み開店したが、そのほとんどには「カシェル」と書かれた看板がかけられている。東欧系ユダヤ人は「コーシェル」とも呼ぶ。これらの店舗ではチーズバーガーやミルクシェーキといったものが一切販売されていない。これはユダヤ教の食事規定、カシュルートに従っているからである。
ユダヤ教徒は何を食べてはならないかは旧約聖書のレビ記などにくわしく記されている。たとえば獣の類ではひずめが割れていて反芻するもの、とある。禁忌の代表的な家畜である豚はひずめは割れているが反芻はしないので食べることは許されない。牛はひずめが割れていて反芻するので食べることができる。
また、海にすむものではひれがあってうろこがあるものとされており、魚類は食べられるが蟹、海老、貝などは禁止されている。
そのほかにも死肉や血抜きをされていない肉も禁止されており、肉類と乳製品をいっしょに食することも禁じられている。これは旧約聖書に3回に渡りに母やぎの乳でその仔やぎを煮てはならない、と書いてあるためだ。(出エ23.19、34.26、申14.21)そのためチーズバーガーはご法度となる。敬虔なユダヤ教徒の家庭では肉製品と乳製品用の食器や流しなども2つ用意され厳密に分けられている。
さらには肉製品を食べた後6時間は乳製品を、乳製品を食べたあと2時間は肉製品を口にしないというほど徹底した宗派の人たちも居る。胃袋の中で肉製品と乳製品が交じり合うことを避けるためである。
屠殺法
このカシュルートはすべて聖書に明記されているわけではなくその後のユダヤ賢者達により細かく注解され規定が加えられていった。家畜を屠殺する際にも決まりがあり、家畜が痛みを感じないように一瞬で屠殺されたものしか規定を満たした食材とならない。
そのためにユダヤ教では屠殺をするショヘットと呼ばれる人がおり、屠殺する訓練を受けている。自分で家畜を飼っている人も食用にする際にはこの屠殺人のところで処理せねば食することができない。
また、聖書の思想では血には命が宿るとされる。そのためユダヤ賢者は肉からは一切血を抜くことを規定した。イスラエルでステーキを食べるとしばしば肉がパサパサしているように感じられるのはこのためだが、最近では血抜きをした後に代用のスープに浸して風味を近づけたりすることもある。
そしてこれらの食材が店頭に並ぶためには各地のユダヤ教教師の協会からなる「ラバヌート」の認定を受けねばならない。これも各協会により規定の度合いが違い、カシュルートにも数段階の差が有る。もっとも敬虔な人々は一番検定基準の厳しいラバヌートの証明印が入ったものしか購入しない。この検査をする人をマシュギアフと呼ぶが、一般のレストランなどでも必ずこの人たちが検査を行う。
現代のイスラエルにおけるカシュルート
今もこの聖書の掟は生活に根付いており、国民のおよそ半数が食事規定をきちんと守っている。そのためにレストランもオーナー次第では食事規定に従わない店を開いても良いが、必然的に顧客が半分になってしまう。また食事規定に従っていない食材は違法扱いされているのが実情で、手に入れにくくするため価格が高くなっている。イスラエルもグルメブームを通りミシュランに掲載されるようなレストランもあるが、悩みの種がこの食事規定となる。
また食事規定を守らない人の中にもある程度は守るとか他のユダヤの掟は守らなくても食事規定だけは守る、といった人が多くいるため規定を守っていないハンバーガーショップでも必ず注文を取ったあとに「チーズをお入れしますか、抜きますか」といった質問があるほどだ。
ワインに対する規定
ユダヤ教ではワインは非常に大事な飲料である。ノアが大洪水の後に陸地に上がり作ったのがブドウ畑で、自分で作ったワインで酔っ払った話が聖書に残っている。それ程古くからのつながりがあり、安息日(シャバット)などの宗教的儀式には必ず赤ワインが供される。一説には神がつくりしブドウから人がワインを作り出した、つまり天地共同の産物であるということで神を賛美するときにふさわしい飲み物であるともいわれている。
しかし、他宗教の祭儀でも赤ワインが用いられたり、中世におけるキリスト教徒のユダヤ迫害においてはユダヤ教徒がキリスト教徒の子供の生き血をすすっているという流言(血の中傷事件)により必然的に赤ワインの扱いにデリケートにならざるを得なかった。このためブドウから作られた飲料は特に規定が厳しく定められている。ワインやブランデーなどは必ずユダヤ教徒が栓を開けたものしか飲むことができない。ワインなどを我々異邦人がプレゼントすることはできるが、栓を開けてはならない。余談だがイスラエルのワインはヨーロッパでも有名な美味揃いなので一度お試しいただきたい。
規定を守ること
ユダヤ教には様々な掟があるが、その中でも中心的な掟が食事に関してである。食べるということは人間が生きる上で避けては通れないことであり、日常生活に宗教性を持たせることでその人の生活自身を聖なるものとなすことが規定を守ることに大きな意義をもたせる。
旧約聖書の始めで神は天地創造でまず動植物を作り最後に人間を創造した。そして人間にはこの動植物を治める権利、生殺与奪の権が与えられ食することも許される。
ユダヤの伝承ではなぜ神から権利を与えられた人間のほうが動植物より後から作られたのか、という寓話がある。それは人間が自分より先に創造された動植物に畏敬の念を持ち、尊大になって人間の都合だけで他の被造物を支配しないようにと神が望まれたからだと書かれている。
今日の地球を振り返るとき、異民族にも指標になりえる寓話かもしれない。
福地 波宇郎 http://blog.shaul.ciao.jp/
投稿者 福地波宇郎 : 2005年11月07日 19:19 | [EDIT]
