2005年04月08日
「法王じゃなくて僕を見て」出たがりの伊首相には辟易
小池弘美
ローマ法王死去の前日、4月1日の新聞紙上から。ラ・レプッブリカ紙「法王がいるべき画面にベルルスコ-ニ。放送界の恥辱」、コリエレ・デラ・セーラ紙「(法王関連の)生放送を流さなかった国営放送に非難の声」、ルニタ紙「ベルルスコーニの番組のため、法王関連ニュースに規制」。
詳細はこうだ。3月31日夜、国営放送ライ1ではベルルスコーニ首相が出演する番組が放映されていた。別の国営放送ライ3では、4月3日に控えた地方選挙をにらみ、有力政治家の対談番組が放送中であり、同時に法王関連の臨時ニュースも字幕で流されていた。しかし、国営放送の上層部から、この字幕を画面から取るよう圧力がかかった、という。字幕をはずすことで視聴者を対談に集中させる、というのが狙いではなかった。実際、この対談中の政治家二人は、「法王が危篤であるこんな時期に政治論議はやめようや」とまで言っていた。本心であったかどうかはともかく、国民の最大の関心事はなにか、がこの二人にはわかっていたようだ。しかし、政府べったりの国営放送上層部と首相には、国民の関心などどうでもよかった。字幕をはずせば、ベルルスコーニ番組に視聴者が流れる、と判断したらしいのだ。いやはや、である。
ベルルスコーニは、首相であるまえにメディア王だ。数局のテレビ局を持っていて、放送網を政治的に利用するなど彼にとっては朝飯前。現に、傘下のテレビ局カナーレ5でも、法王関連ニュースを特番で流そう、との局内からの要望は聞き入れられなかった、という。
二つのテレビ局でおきた出来事は、ばらばらの点と点ではない。同じ意図をもつ一本の線上の二点だ。その意図とは、「国民みんなでベルルスコーニを見よう」である。
生まれ育った国ではないが、冗談じゃない、と思う。プチ整形で修正した顔を見たくない、といっているのではない。毎日見ているうちに、好感をもちはじめたらどうする。野球といったら巨人戦しか映らなかった時代に、巨人嫌いでいることには結構な努力が要った。例が卑近だが、そんなものだ。
ありがたいことにこの国には、まっとうに行われる選挙制度がある。4月3日に行われた地方選は、野党左派の勝利におわった。首相の出たがりも選挙には効果がなかった、ということか。残念でした。
投稿者 小池弘美 : 2005年04月08日 00:56 | [EDIT]
コメント
ロサンゼルスにて、「ローマ法王死去」のニュースで、3大ネットワークの全てのチャンネルが、特別番組に置き換えられ、あらためて「カトリックの社会における重要性」が日本と比べてかなり違うな、とびっくりしていましたが、バチカンのあるイタリアでは政治討論!なんとも驚いた話ですね。ちなみに、日本ではどの程度ヨハネ・パウロ2世のご逝去が伝えられていたのでしょうか?私が推測するに、日本ではこのニュースではとても”数字は取れない”だろうし、ましてワイドショーが特別番組を組んだりすることもきっとなかったでしょうが、、、
投稿者 寺町幸枝 : 2005年04月09日 13:53
法王死去ニュースにからんで興味深い出来事があったので、そこに焦点をあてて記事にしましたが、法王関連ニュースが流れなかったわけではありません。このちょっとした「いざこざ」のあと、バチカンの様子をテレビで見ない日はありませんから。
話変わって、日本では殺人事件などがあっても死体が撮影されることはない気がします(せいぜいビニールシートに包まれているくらい)。なにか規制があるのでしょうけど。こちらでは道端にころがった被害者の姿をテレビや新聞で見せられることがよくあります。殺人事件と今回の件とを比べるわけにはいかないでしょうが、法王の遺体が日本のテレビに映し出されたのかどうか、気になります。ニュース性からして必要だからと映ったとしたら、多くの日本のかたはぎょっとしたのじゃないかといらぬ心配をしていました。
投稿者 小池弘美 : 2005年04月10日 01:02
