2005年02月14日
船木和喜は半分だけ復活した
成田好三
アスリートが成功するためには、実力はもちろんだが、運をつかむ能力も必要になる。
今やドイツを目指すサッカー日本代表FWのレギュラーの座を確保した鈴木隆行(J1鹿島)については、あのゴールを抜きにして語ることはできない。
2002年日韓共催W杯1次リーグの対ベルギー戦での、こすったようなあのゴールである。ロングボールを追ってゴール前に飛び込んだ鈴木は、GKとの一対一の場面で、体を投げ出して右足のつま先部分でボールにかろうじて触れた。ボールはそのままゴールに転がり込んで、同点ゴールになった。
あの場面で鈴木の右足つま先部分がボールに触れるかどうかは、ミリ単位、100分の秒単位の差でしかない。しかし、その差が、日本を決勝トーナメントに導く道を切り開いた。鈴木も、その後の成功の足掛かりをつかんだ。
スポーツ観戦の楽しみの一つに、一時は頂点を極めながらも長く低迷が続きを、運にも見放されてきた選手の復活の場面を目の当たりにすることがある。長野五輪・純ジャンプの金メダリスト、船木和喜が、2月5日のW杯札幌大会第1日で、6シーズンぶりに優勝した。
船木がW杯で前回優勝したのは1999年3月のラハティ大会(フィンランド)である。その前年の長野五輪でラージヒル、団体で金メダルを、ノーマルヒルで銀メダルを獲得し、世界の頂点に立った船木は、その後長く低迷が続いていた。船木や日本選手に不利となるルール改正もあってフォームを崩し、本来のジャンプを忘れていた。運にも次第に見放されていった。
悪天候の中で行われた札幌大会で、今シーズンも低迷が続く船木は、いつものように早い順番で飛び、やはりいつものように早くバーンに落ちた。しかし、最初のジャンプは条件が悪すぎたとして飛び直しが認められた。
ここから運が味方についた。飛び直しのジャンプで船木は135メートルと、飛距離こそ最長不倒に0・5メートル及ばなかったが、飛型で上回りトップに立った。2回目は途中でうち切られ、船木の優勝があっさり決まった。
試合後のインタビューでは、「今シーズン、K点を越えたのは初めて」と正直に語っていた。その言葉通りならば、まさに三流選手に成り下がっていたことになる。しかし、飛び直しで見せた飛型は全盛時と同じものだった。誰よりも低く飛び出し、他の選手ならそこで着地してしまう地点を越えても、まだ前傾姿勢を保って飛び続ける。
船木は、この勝利で完全復活というわけにはいかない。幾つも幸運が彼の味方をしたからだ。しかし、運を呼び込むことができなければ、どんなに優れた選手でも勝てない。自然条件がめまぐるしく変化する中で行われる純ジャンプは、特にそうだ。
長い低迷期には、運にも見放されていた船木だが、この日は運を味方につけた。いや、船木だけが見せることができる低い弾道での飛型と、落ちそうで落ちない独特の着地によって、自ら運引き寄せた。
2本目中止による勝利は、完全復活といえるものではない。冒頭で書いた、サッカーW杯での鈴木のつま先部分がボールに触れただけのゴールのようなものである。しかし、鈴木はそこから自らの道を切り開いてきた。
アスリートは運だけでは勝てないが、運がなければ勝利はない。船木の運と実力のバランスが均衡した時、次の勝利が見えてくる。その時こそ船木は完全復活する。(2005年2月14日記)
投稿者 成田好三 : 2005年02月14日 23:55 | [EDIT]
