2004年12月10日
「ロサンゼルス発:日系コミュニティーを支える日本語メディアの活躍」
寺町幸枝
また一つ歴史が変わろうとしている。米国・ロサンゼルスで、日系コミュニティーを支えきたメディアの仕掛け人、北岡和義氏がJATV(ジャパン・アメリカ・テレビジョン)から引退。一人のジャーナリストとして、カメラではなく、再び筆を握り直すことになったのだ。1979年単身ロサンゼルスに渡って来た北岡氏は、『USジャパン・ビジネス・ニュース』編集部長を経て、フリーランスに。三浦事件、ロサンゼルス五輪取材・報道を「現場」から日本に向けて報道する。日本人駐在員の妻が白昼堂々暗殺される事件(迷宮入り事件)を取材したのをきっかけに、母国語で情報を得られないことへ不安を持つ日系コミュニティーに対して、ジャーナリストとして日本語で伝えるメディアを構築できないか、という考えからJATVを創設した。
北米最大の日系コミュニティーが存在する南カリフォルニアで、この11月で放送1000回を迎え、約20年間「ジャパン・ニュース・マガジン」(旧・土曜ニュース・ワイド)は、日本語で放送するニュースメディアとして確固たる地位を確立してきた。毎週土曜日の夜に放送される番組内容は、アメリカのローカルの事件やイベントから、日本の政治や文化まで、JATV自ら回したカメラで取られた「オリジナルの映像」によって作られてきた。その量といったら、事務所がフィルムだらけになるほどのものだ。
1000回記念で開かれた記念講演会では、北岡氏の長年の友人である現・トヨタ自動車副社長、石坂芳男氏が招かれ、TOYOTAの海外戦略を講演。石坂氏のような人を講演会にさらりと招待できるのも、北岡氏の広い人脈が為せる技。また参加者の多くは、長年日系会社の社員、またはオーナーとして、アメリカ社会で真剣にビジネスに取り組んできた人ばかり。北岡氏のスピーチの言葉を借りれば、「20年JATVのスポンサーとして支えてきてくれた大切な人々」である。
2005年を迎えるにあたりJATVは、今また新たな一歩を踏み出そうとしている。30代で渡米してきた頃の北岡氏と同じパワーを持つ次世代に、年明けからバトンタッチ。プロデューサーの二瓶氏を中心に、新生ジャパン・ニュース・マガジンは元旦1日より放送がはじまる。北岡氏の築いてきた人脈や情報網を、これからの世代がさらに発展させていけるかが、今後のJATV存亡の肝になるのはいうまでもない。新生世代の仲間として、今後の更なる発展に期待をしている。
参考:https://www.jatv.net/news/index.html
投稿者 寺町幸枝 : 2004年12月10日 15:20 | [EDIT]
コメント
寺町幸枝さま コメントありがとうございました。今朝、自分の名前で検索していて、貴コメント拝読、御礼が遅くなりすみません。小生は1か月前からブログを書き始めました。小生なりのニュース日誌です。今日は6月6日、これからLAXへ向い、日本向けて発ちます。短い足で広い太平洋を跨ぐ生活には大変なエネルギーが要りますが、同時に刺激的な日々でもあります。7月中旬、帰羅しますので、一度、機会作ってお目にかかりたいと願っております。メールください。kitaoka@jatv.net よろしくお願い申し上げます。 北岡和義
投稿者 北岡和義 : 2005年06月06日 20:44
すごくおもしろかったです
投稿者 内田 佳奈子 : 2006年08月13日 13:12
興味深く読ませて頂きました。
タイトル「日系コミュニティを支える日本語メディアの活躍」ですが、日系コミュニティを日本語メディアがどう支えたのか、活躍の度合いがもう1つ分かり難かったです。北岡氏の履歴がイコール日系コミュニティを支える日本語メディアの活躍の具体例でしょうか?
・・今後のJATV存亡の肝になる・・・とありますが、存亡の機では?
投稿者 静枝 : 2007年03月21日 00:40
