2003年04月17日

セイビング・プライベート・リンチ

岩下慶一

フセイン像が引き倒され、バグダッドの実質的な陥落が伝えられるちょうど3日前、日本のテレビ番組制作会社に勤務する友人から電話があった。イラクで戦闘中に捕虜となり、その後米軍の特殊部隊によって救出されたジェシカ・リンチ2等兵についてなにか情報がないかという。中東で捕らえられた米軍捕虜について、ニュースが伝えている以上の事を自分が知っている訳もないので、何も知らないと答えると、帰国がいつ頃になるかだけでも目星をつけられないか、という。

聞けば、担当している番組でリンチ2等兵の特集企画を検討中なのだという。なるほど、イラクに捕らえられた19歳の美人兵士、危険を冒してヘリで病院の屋上に強行着陸し彼女を救出した特殊部隊、舞台も役者もハリウッド映画もかくやという程整っていて、ドキュメンタリーの素材としてはなかなか行けそうだ。リンチ2等兵が米国に帰国する日を事前に掴み、何でもいいから映像を押さえろと担当プロデューサーに尻を叩かれているのだという。

ところでこのリンチ2等兵の救出劇、多少なりとも映画が好きな人ならば、スピルバーグの最高傑作「セービング・プライベートライアン(ライアン2等兵)」とダブらせずにはおれないだろう。たった一人の兵士を救出するために敵陣深く1小隊を派遣する、まさに映画を地で行く話だ。件のプロデューサー氏もその辺に目を付け、"セービングプライベートリンチ"企画を思い立ったらしい。

今回リンチ2等兵を救出した特殊部隊のメンバーが、映画で描かれていたような葛藤を抱えながら戦ったのかどうかは知る由もないが、救出されたリンチ2等兵の方はライアン2等兵に劣らぬドラマを秘めていて、ヒロインの資格は充分である。

ジェシカ・リンチ2等兵。1983年ウエストバージニア州の片田舎に生まれる。学校では明るい人気者で、ソフトボールの花形選手だった。小学校教師になる夢を持っていたが、貧しい家庭のため進学を断念。地元の就職事情も悪かったため、高校卒業後陸軍に入隊する。

リンチ2等兵のストーリーは米国市民ではない僕にとっても打たれるものがある。ウエストバージニアという辺境の州と、貧しい白人家庭の存在は日本では殆ど知られていない。日本の国立大学に比べても安い州立大学の学費が捻出できないほどの貧困の中で、軍隊にしか活路を見出せないリンチのような若者はアメリカにはたくさんいるのだ。彼女の物語には一点の曇りもないし、無事の帰還には心からの快哉を叫んだ。

一つ気になったのは、彼女のストーリーが徹底的に戦意高揚に利用された事だ。今回の戦争の是非はひとまず置くとしても、全米のマスコミが総がかりで彼女を現代アメリカのジャンヌ・ダルクに祭り上げ、その後のフセイン像引き倒しによって米国の正義が完結するエンディングは、ニュースというよりハリウッド映画の演出を見るようだった。リンチ2等兵の過熱報道はドラマの好きなマスコミが勝手に盛り上げた結果だが、特殊部隊を送った陸軍としてもこのような展開は充分予想していただろう。そういう意味ではこのリンチブーム、演出したのは米陸軍と言えなくもない。

それにしても、報道の中のエンタテインメント的な要素が911以降加速しているような気がするのは僕だけだろうか。CNNのニュースの始まりは勇ましいジングル付きでまるで戦争映画のようだし、これまた勇猛な音楽をつけたプロモーションビデオばりの兵士の映像が繰り返し流されている。

世間はもはや単なる報道には興味が薄れているのかもしれない。誘拐にしろ殺人にしろ、そして戦争でさえ、そこにドラマがなければもはや人々を惹きつけない。日々の強力な刺激に馴れきった我々は、ニュースにさえもエンタテインメント性を見出さなければ気が済まなくなっている。また、マスコミも人々にニーズに答えようとする。そうした中で起こったリンチ2等兵の救出劇はまさに人々の求めるドラマだった。

例のテレビ番組はその後どうなったか?リンチ2等兵の故郷であるウエストバージニアに急遽撮影スタッフを送りこんで関係者をインタビューし、彼女の生い立ちとその救出劇をドラマチックに描いた感動のストーリーに仕上げたそうである。

20030417.jpg彼女が捕虜になったとたん、これらの事実が掘り起こされ、ジェシカ・リンチは全米のヒロインとなった。「ニューズ・ウイーク」「ピープル」等の有力雑誌が、星条旗の前で微笑む軍服姿の彼女の写真を表紙にし、テレビもこぞって彼女の生い立ちを追った特集を組んだ。

投稿者 岩下慶一 : 2003年04月17日 21:44 | [EDIT]

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