2003年10月29日

ヴェネツィアに響いた六百年前の日本人のことば

小池弘美

ヴェネツィアで和泉流狂言の舞台を観た。こちらの劇場はオペラ用につくられてあるのだが、狂言舞台との違和感はない。観客はほとんどイタリア人。

上演の前に、狂言についての基本的な解説があった。日本語解説は和泉元彌、イタリア語解説は通訳による。成り立ち、歴史、舞台構造、さらに、日本だったらみることができないであろう着物の着せ方まで、披露しながらの解説であった。衣装の着付けをする三宅藤九郎の手さばきのなんと美しいこと。簡単な和服すらひとりで着る事のできない自分を恥じるばかりだ。

舞台の後ろにはなぜ松の木が描かれているのか、というと、松には神が宿っていると考えられ、その神にむかって上演されていたからだそうだ。なるほど。役者が円を描くようにして舞台を歩き、もとの地点に戻ると舞台背景が変わっている、という約束事も、例を挙げて説明してくれればわかるものである。この日の狂言で使われる擬態語・擬声語を、なんの音・声なのか観客に当てさせたことも工夫のひとつ。犬の唸り声「びょうびょうびょう」は当地のイタリア人にとってはサンマルコ広場の鳩の声に一番近かったようだ。

外国人に日本の伝統芸能を観てもらいたい。和泉元彌は本気でそう願い、この舞台に取り組んだのだろう。観劇料タダ、というのも太っ腹である。

題目は3つ。演じられる前に通訳があらすじをざっとイタリア語で説明したため、物語の成り行きは理解されていたようだ。もっとも、役者の声の調子を聞き取り、しぐさを注視する作業は必須であったろうが。

笑い声があちらこちらから漏れるように気こえてくる。「びょうびょう」で笑い、酒をなみなみと注ぐ音「どぶどぶ」で笑う。日本語を知らない観客を少しでも笑わせるためには、周到に用意された学習が必要だったのだ。和泉元彌に再度、脱帽する。

観たイタリア人は、その晩家に帰って家族とどんな話をしただろうか。とにかく、評論をするのが好きなひとたちである。見栄も手伝ってあちこちに吹聴するに違いない。聞いた話を消化し、今度は自分の意見を交えながら別の人に話すだろう。翌日には、「むかいの息子が日本の伝統喜劇を観てきた。日本の犬はびょうびょうと吠えるらしい」「妹夫婦がキョウゲンなるものを見た。松の木の下でくるっと一回りすると舞台が街道から京都の町にかわっているのだ。さすがシンカンセンを生んだ国である」などという会話がなされたかもしれない。

人の口を伝わる間に、狂言の本来からずれてしまったとしても、それはそれでいい。うわさを見聞きした人たちが、なにかの機会に本物を観るかもしれないのだから。

なにやら和泉流のマワシモノのような物言いになってしまった。個人的には、民族の話す言葉を知らずして民族を知ることはできっこない、と頑なに思っている私である。欧米人に簡単に日本の狂言が言い表されてたまるか、という気持ちさえある。

それでも和泉流宗家元彌の目論みには純粋に共鳴した。ムズカシイことをムズカシイと知りながら取り組む姿は美しいものだ。ムズカシイと知りながら取り組まなければならない彼は、たぶんつらいんだろうな。珍しくそんなやさしい気持ちになった不思議な日の夜だった。

投稿者 小池弘美 : 2003年10月29日 17:41 | [EDIT]

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