2004年02月25日
トトと悪魔とドーピング
小池弘美
「トトの自転車レース」というコメディ映画がある。1948年のものだから、もちろんモノクロ。ナポリの喜劇王・トト扮する教授が、ジーロ・ディタリアで優勝を狙う。自転車なんぞには乗ったことがない教授である。勝てるわけがない。ちなみにジーロ・ディタリアというのは、イタリアでは由緒ある国内一周自転車レースのことである。毎年の初夏に、3千余キロを3週間ほどかけて競われる。教授は勝つために悪魔と契約をかわし、並みいる競豪(本物の自転車レーサーが出演している贅沢な映画でもあるのだ)を連日ごぼう抜き。しかし契約では、優勝したら教授は死なねばならないことがわかる。こうして映画の後半は、いかにして勝たないか、のドタバタ奮闘劇になる。ストーリーも楽しいが、当時のレースの様子が伝わってきておもしろい。選手たちが走る道は舗装されていないし、選手が身に付けるシャツやパンツや帽子も素朴だ。
2月14日、98年のジーロ・ディタリアと同年のツール・ド・フランスを制した男、マルコ・パンターニが死んだ。ホテルの一室で、薬物を多量に摂取し、ひとりで死んだ。電話の受話器がはずされ、外から誰も入ってこられないよう、ドアの前に家具が置かれていたという。外界を拒絶しての死だった。遺書こそなかったが、絶望と孤独に満ちた走り書きが発見されている。自転車競技がさかんなこの国で、パンターニは確かにヒーローだった。スキンヘッドにバンダナ。耳にはピアス。「ピラータ(海賊)」のあだ名で呼ばれ、その格好を真似するファンがたくさんいた。しかし99年のレースでドーピングを問われ、裁判に付される。レースに復帰するが、その後返り咲くことはなかった。「パンターニはスケープゴートだった」「メディアに殺されたのだ」と捉える人は多い。根強い人気と、亡くなった人を悪く言いたくない気持ちとが、人々に「同情」を呼び起こすのだろうか。
パンターニが命を絶った2日後、元サッカ—選手が、ルー・ゲーリック病で亡くなった。運動神経が侵される難病で、イタリアでは毎年10万人にひとりが発病するという。しかしサッカー選手に限っていえばこれまで16人以上がこの病気で死に、なおも30余名が闘病中であるという。サッカー選手の発病率が異常に高いことから、薬物との関連が疑われている。医学的にはまだ証明されていないが。
トリノでは今、セリエAの雄・ユベントスと担当医・薬剤師が、選手に禁止薬物を組織的に服用させていた疑いがある、として裁判が進行中だ。
少しずつではあるが、今まで誰も語らず、見えなかったものが見えだしてきている。薬の本当の効果を知らされずに服用していた選手たち。うすうす知ってはいたけれど服用せざるを得なかっただろう選手たち。発病して不運を呪う選手たち。そして死んでしまった者たち。
自転車レース、サッカーといったメジャースポーツを覆う「ドーピング」。スポーツ界全体に巣食う病魔が、ひとりずつ選手を殺していく。選手生命だけではない。本物の命も、だ。
映画のなかのトトは、悪魔にうたた寝してもらうことでかろうじて勝たずにすんだ。勝つことしか許されない現代のスポーツマンを、トトだったらどうやって救うだろうか。
投稿者 小池弘美 : 2004年02月25日 17:28 | [EDIT]
