2004年03月22日
R指定のイエス・キリスト映画
岩下慶一
暴力描写にショックを受けた観客が心臓まひで死亡、ユダヤ人団体が内容に抗議、公開直後の記録的な収益……。
米映画「ザ・パッション・オブ・ザ・クライスト」(キリストの受難)が、2月26日の公開から全米の話題となっている。捕らえられたイエスが十字架にかけられるまでの12時間を描いた作品だ。
制作・監督は、「リーサル・ウェポン」「ブレイブ・ハート」などで知られる俳優メル・ギブソン。制作には私費27億円を投じた。ハリウッドのアクションスターがなぜ? 実は、カトリックのなかでも保守的なトラディショナリズムを奉ずる熱心なクリスチャン。自宅はロサンゼルス近郊のマリブにあるが、そこに"聖家族教会(Holy Family Church)"なる教会を作ったほどだ。
「自殺まで考えた時に」
メディアのインタビューに答えた内容によると、熱心な信徒になる前の彼は、酒と麻薬におぼれていたという。12年前、ついに精神のバランスを崩した。自殺まで考えるほどの状態の中で、かつて父親が信じていた宗教に救いを求めた。
「聖書を再び手に取ったとたん、子どものころに読んだ福音書の記憶が鮮やかによみがえった」。以来、彼はトラディショナリズムに急速に傾倒し、周囲が戸惑うほどの変貌を遂げる。「リーサル・ウエポン3」でギブソンと共演したレネ・ルッソはこう語る。「話すことといったら"真実とは何か"みたいな事ばかり。すっかり求道者になってしまった」。
生まれ変わったギブソンは、イエスについての映画制作を思いついた。 「イエスは我々の罪を肩代わりして死んだ。その苦難がどれほどのものだったかを伝えるべきだと思ったんだ」
今回の制作についてはこんなことさえ語っている。
「(ロケの間)聖霊の力が私を通して現れ、私はただ方向付けをするだけでよかった」。 真偽のほどはわからないが、キリスト役の俳優、ジム・カヴィーゼルがロケ中に雷に打たれたが無傷だったという逸話も、本人とギブソンが繰り返し語っている。
記録的なヒットとなった陰には、宗派を越えたキリスト教信者の強力な後押しがある。 著名な伝道師ビリー・グラハムは「一生分の説教と同等の価値」と絶賛。宗教右派の代表的団体であるキリスト教徒連合(Christian Coalition)は、「ぜひ映画館に足を運ぶように」と信者に訴えた。800の劇場が信徒への試写のために予約され、11億円分のチケットが宗教関係者によって買い占められた。
「誰がイエスを殺した」
これとは別に話題になったのは、作品の根底に反ユダヤ主義があるのではないかという疑いだ。映画では、ユダヤ人はイエスに殴る蹴るの暴行を加える悪役として描かれている。イエスを死に追いやったユダヤ人—2000年にわたるユダヤ迫害の一つの根拠となっている考え方だ。ニューヨーク中心部の映画館では公開初日、強制収容所の収容服を来たユダヤ系市民らがあつまり、「ヒトラーはこの映画を誇りに思うだろう」などと上映中止を求めた。
各メディアが「誰がイエスを殺したか」という特集を組むなど、ちょっとした神学論争が巻き起こった。しかし過激な暴力描写も、イエスの苦難を強調したかったというギブソンの勇み足、という見方があるのも事実だ。
公開後の客足は衰えず、暴力描写によるR指定(17歳以下は父兄同伴)であるにもかかわらず親に連れられて映画館に足を運ぶ子どもの姿も多い。物質主義に支配されているように見えるアメリカが厳然としたキリスト教国であることを改めて思い知らされる現象である。
日本では5月に公開予定だ。
(AERA 3月15日号から転載)
投稿者 岩下慶一 : 2004年03月22日 00:44 | [EDIT]
