2003年09月16日
初めての街へ
森 摂
飛行機が目指す空港をとらえ、機首を下げる。
それまで轟いていたエンジン音がふいに小さくなり、
低い空を滑り始める。
ざわついていた乗客の声が止み、
緊張と静寂が機内を支配する。
高度200メートル。
最終目的地まであと数分。
そこが初めての国なら、初めての大陸なら、
想いは一層かきたてられる。窓の下に広がる景色は、
その土地が初めて僕に見せてくれる表情だからだ。
低い雲がとぎれとぎれになった向こうに
粉雪をかぶった白樺の森が延々と続くモスクワ。
濃い緑の潅木と赤い大地、そして、延々と海岸を縁取る
白い砂浜のコントラストが、楽園を予感させたハバナ。
ラスベガス。火星のように干からびた砂漠の真ん中で
まるで電子回路を埋め込んだような一角が光り輝く。
ホテルにネオンがまとわりつく様子が、遠目にも分かる。
旅慣れた人は、通路側を好むらしい。
だが訪れる先が初めてなら、絶対に窓側がいい。
機体が着陸態勢に入り始めると、額を窓ガラスにこすりつけ、
子供のように、食い入るように下界を見つめ続ける。
いつも、取材旅行なので、いつも一人旅だ。
隣席の旅人ととりとめもない話をすることも多いが、
着陸が近くなると、ふと反対側に体の向きを変えてしまう。
× × ×
夜の着陸も、悪くない。
闇の中にかすかに浮かび上がる街の灯や、街道を行く車の
ヘッドライトもまた、大地が見せる表情だ。
ヒースロー空港に降りたつ直前のロンドン近郊は、
まるで箱庭に規則正しく電飾を散りばめたように美しい。
ハイウェイを行く車は、一つ一つの車種は分からないが、
みな英国らしい、大人の運転をしているように思えた。
初めてペルーを訪れたのも、夜だった。
着陸直前のリマは、街灯が不規則に入り乱れていた。
近くの山肌が黒くうねり、まるで、これから降り立つ僕を
飲み込もうとしていたかのように見えた。
機体が高度を下げるに連れ、土壁の家の粗末さが、
だんだん、あらわになってくる。
× × ×
いったん静かになったエンジンは、もう一度吹かされ、
加速をつけ、やがて、空港に滑り込む。
気の早い客は、機体が止まるか止まらないうちに、
我先にとコンパートメントの蓋をあけ、荷物に手を伸ばす。
でも、急がなくていいじゃないか。
これから、この国と、そこに住む人たちは、たっぷりと
露わにその表情を見せてくれる。急がなくていい。
どんな人々が僕の眼の前に現れるのか。
どんな光景が僕を驚かせてくれるのか。
箱庭の方が、粗末な家並みより、いつも素敵とはかぎらない。
そんな想いを胸に秘めながら、
僕は、ゆっくりとバックルを外す。
投稿者 森 摂 : 2003年09月16日 18:20 | [EDIT]
